原始の知性と野性

高知県財政の自主財源が30%しかないことを考えれば、高知県全体としては、ボランティアをやっているどころではないというのが当然の解である。外貨を稼がなければならない。高知県にとってそれが唯一神にならなければならないことは0.5秒で答えが出る。

しかしながら、高知県人はボランティア精神が旺盛で無料化の全体主義化が時に当たり前となることがある。

なんでもお金に換えてしまう都市から地方都市高知に帰ってくると毎回驚かせられるが、高知がビジネスが育たない土壌であると嘆いていても仕方がない。それを革命しなければ、南海地震後、高知市は中央部の浦戸湾に市民1/3の10万人の死体が浮かび(これは最悪の場合の想定だが最悪の想定が出来ないものが最高の結果を出せるはずがないというのは簡単なロジックであるし、東京電力のケースを分析すれば、戦後日本人の科学的思考というものを100%疑問視せざるを得ない)、復興予算もとれず、一文なしどころかギリシャよりも酷い借金を抱えた世界でも類を見ない債務超過自治体となる。

政府からは、核のゴミ捨て場に認定され、新たな基地建設地となり、除染事業に名を借りた不適切な公共事業の跋扈する汚れた土地と化す。

それでも良いのか?と問えば、ほとんどの高知県人がそこまでは考えられていない。

ただ、津波サミットで発言していた高校生を始めとする若者は、多くの現実を正しく受け止めている。

ただなんとなく、自分の名声や名誉のために行動するのではなく、子や孫のことを考えて行動するのが普通の日本人のとる行動である。

高知県の財政構造を変えなければ、高知県には一番早い死が訪れる。ということは、戦後体制を一番早く変えなければならないのは、当然、高知県となる。この当然の帰結(雨が降ったら地面は濡れる、というような)を理解しえない人間が存在することにも驚きを隠せない。

資本主義構造を変えるということは、高知県にとって夢とか理想というレベルの問題ではない。それをやらなければ、地震後、子どもたちが99%の確率で飢えるのである。

東日本大震災の20倍以上の損害を出すと予想される南海トラフ地震後も国の財政が復興予算を組めると考えるのは、頭の中身がお花畑としか言い様がない。

正しく怖れるという原始の知性と野性をいつから日本人は失ったのだろうか。枝葉末節の事象に時間を浪費し、1日でも早く気づけば助けられた命を日々、見捨てている。

構造を変える行動で繋がっていこうではないか。変革できない行動は、エネルギーの浪費、無駄でしかない。

社会起業によるコミュニティビジネスのみが強欲資本主義を凌駕し、高知県が独自性を活かしつつ世界レベルで戦い優っていける道である。

イザナミ、光明子、子供食堂

資本主義が悪い方向に傾いたウォール街発”強欲(Greed)資本主義”がグローバリズムといかにも尤もらしい名を冠して広がっていったのも束の間、ドナルド・トランプ第45代アメリカ合衆国大統領の誕生によって、”レクサスとオリーブの木”は完全にその矛盾を露呈した。

悪いのは、資本主義でもプロテスタンティズムでも武士道でも騎士道でもない。健全な資本主義というバランスを失ってしまったのが、この世界の不調和の原因なのだ。

われわれ日本人は、もう一度”資本主義”というベールに包まれた価値をとらえなおす必要がある。2人いれば2倍以上、3人いれば3倍以上の効率を生み出すはずの資本主義がなぜ2人いるのに、生産性が1/2になったり、1/3になったりするのか。その原因を究明しなければならない。

と同時にわれわれは、何のために生産しているのか?の目的すら持ち得ていない状況に追い込まれつつある。松下幸之助が”無尽蔵に物質を至らしめる”と言って以来、その目標は達成され、誰もその後の日本哲学を唱えられずにいる。

そもそもその”物質”とは、大東亜戦争でABCD包囲網で日本国が国内へ導きいれることができなくなってしまった”物質”である。それは単に”石油”という意味ではない。備中高松城の水攻めに遭っても絶対に降伏しない・負けない物質のことである。

つまり、われわれの戦後資本主義はABCD包囲網ですら打ち破ることのできない強い国家を作るために作られてきたはずである。それが今やどうか。経団連の強欲資本主義者や自民党の政治屋たちは単なる保身と自己繁栄のために若者や弱者を包囲し、搾取し、骨抜きにするための施策を悉く発布し、ウォール街の先兵に足り得る西洋の植民地主義の亡霊の如く太平洋を彷徨っている。

大東亜戦争の清算をするならば、われわれがわれわれの資本主義社会主義をもって世界に対して独自体制と世界観を発信していかなければならない。それは決して憲法改正やTPP締結などの枝葉末節の未来ではない。

光明皇后が設立した悲田院や施薬院、野口英世の愛ある行動が大和の資本主義の源ではないか。土佐南学の祖、谷時中は仏教から還俗し、畑を開墾し、それを息子の学費とした。これが日本経済思想の興りである。

資本とは個人資本ではなく社会資本であることは当然至極のことである。それを強欲資本主義に流され、日本人が個人資本と解釈するようになったのは、全くもって勉強が足りないからである。社会に資本とシェアできる価値があるからこそ私たちは等価で価値を交換できる。それが通貨を通貨足らしめる意味である。外国とは歴史も価値も異なるからこそ、そこに為替が発生する。どれだけ日本の金(gold)が不当に外国に流出したかを考えれば、為替の重要性に気づくはずである。

逆に、為替が必要のない普遍性の高いものは、愛や平和や安寧などの形而上の価値である。為替が必要のない価値観が似かよった民族・国家同士は同一通貨圏・共栄圏を確立できる。これがEUやTPPに先んじて70年以上も前に私たちの先祖が打ち建てた思想体系である。早すぎたからこそ実現することは叶わなかった。

光明子がキリシタンであったとする説があるように、神道や仏教、キリスト教には当然のごとく真理の近似値がある。われわれが大いなる和のバランス感覚で真理を分かち合い世界の安寧に貢献していくことこそ日本人のとるべき道である。

かつての日本型経営の企業は、多くのメセナ活動を行い、外国企業ですらその活動の層は厚かった。その社会貢献の資源を内部留保で囲い、こそこそと役員報酬にするという厚かましい私利私欲はまさに日本人の質を落としたと言える。公も皇も神もすべてコウである。神聖なものを失い、形而上の価値を見失ってしまった民族に明日はない。保育園や幼稚園をうるさいからと言って排除するような餓鬼集団が発生している以上、われわれは闇を照らしていかなくてはならない。イザナミが1500人の子を産ませようとイザナギに言ったのは他でもない、この四国である。

津野一族五山文学の双璧

新年あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。

DOMINGO新年会も無事に終わりました。書初め行事にも参加しました。

今日は、津野に関することをひとつ

津野氏出身の絶海中津、義堂周信が鎌倉時代から室町時代にかけての五山文学の双璧とされている。

津野氏は913年、伊予経由で土佐国に入り、高岡郡の津野山を開拓したとされるが、その場所は判然としていない。

祖は藤原基経。この後裔一族として絶海中津は、高知県津野町に1334年に誕生する。

重要な点がふたつほど。

ひとつは津野荘が賀茂と深いつながりがあったこと。そして津野荘が、土佐郡の潮江荘のかわりに下鴨神社の荘園になっていること。

このつながりの中で、絶海中津、義堂周信が夢窓疎石に仕えたということになる。夢窓疎石は高知市の五台山と深い関係がある。

もうひとつ重要なことは、この時代、京都・鎌倉・高知の知的レベル、あるいは文芸レベルが日本の中で最高レベルで保持されていたことを忘れてはいけないだろう。

後に現在の神社神道の祖となった山崎闇斎は、19歳の頃、比叡山から土佐の吸江寺に移り、野中兼山らとともに東洋町出身の谷時中から土佐南学を学んでいる。その後、山崎闇斎は垂加神道を完成させる。

津野氏は土佐七雄である一条氏、大平氏とともに文人とされており、独自の交易ルートを持っていたことは疑いがない。大平氏は仁淀川河口域を拠点とし、京都と密な交易を行っていたとされ、一条氏はもとより五摂家なので情報を得るまでもない。しかしながら、津野氏の文人であったという地位は、未だ交易ルートが明らかになっておらず、不明な点が多い。

しかし、この謎を解く3つの鍵がある。ひとつに津野郷は、四万十川の源流域であること。ふたつめはすぐ北側に仁淀川上流域もあり、せり立った北山から南を望めば、すぐに須崎湾。仁淀川町を北に越えればすぐに伊予国であった。という3点が津野氏の独自性を語るうえで重要だと思う。

津野郷の神社は、ほぼ三嶋神社系で伊予一之宮と信仰を同じくしていて、山中に位置しながら、瀬戸内の村上水軍と交流しながら須崎湾に水軍を保持していた・しようとしていた、という可能性も否定できない。

しかし、一条氏と長宗我部氏に敗北し、最後は長宗我部の家督争いにも巻き込まれ、津野一族である中平清兵衛が山内に、お家断絶の一部始終を語ったとされる。絶海中津が没しておよそ200年後の話である。

その後、土佐は山内の支配に甘んじ、華麗な文芸都市の地位から転落し、司馬遼太郎が描いたような野蛮な田舎侍の土地というレッテル貼りがぴったりのただの田舎に変質化してしまう。

幕末、坂本竜馬が無血開城を強く促したのも、この文芸史の流れと無関係ではない。五山文学の復興は、幕府の外交文書を起草するという必要性から生じており、絶海中津は1376年に洪武帝から謁見を許され、日本における政治家や武将から一目を置かれる存在となっている。

当時の将軍足利義満からも信頼を得、彼の院号でもある鹿苑院を任されている。

つまり、高知市五台山や土佐南学、津野氏、一条氏を巡る文芸の糸は、少なからず日本の外交に影響を与えているわけであり、坂本龍馬の外交手腕もこの流れから決して免れるものではないということである。さらに言えば、坂本龍馬の平和主義や自由民権運動の平和主義は、仏教から還俗した谷時中らが産み出した仏性の哲学が土佐の行動哲学と結びついた土佐南学と深いつながりがあるということであり、何度でも蘇って来る奥の深い知性なのである。

縄文中期の居徳遺跡(高知県土佐市)から最も古いとされる戦傷人骨が発見され、東北の亀ヶ岡文化と中国大陸との交易を証明するものも発見されたように、土佐は古代から海に開けた汎アジアの平和主義者の交易文芸都市だったのである。

それは単に憲法9条を唱えれば戦争はなくなるというような空想平和主義ではない。知的な外交と貿易を行うことによって争いを減じていく攻撃的平和主義である。土民国は、外国の方と直接、国の枠にとらわれず攻撃的平和主義を深めていきます。

私が土民国を代表しているわけでも代理で述べているわけでもありません。土民国の国民としてひとつのベクトルを描いているだけなので、皆さんも自由に発言・参加してください。右でも左でもど真ん中でも受け入れるのが国であり、郷土であり、地域社会なのです。その当たり前のことが普通にできなくなったのが今日であるというだけのことなのです。

他国に支配されるかもしれないという怖れは、自分の国や郷土の独自性を深く知らないから起こる。土佐は古代より強烈な独自性があり、大地震が来ても地球が壊れてもこれからも続いていきます。そのひとつのピークが、絶海中津、義堂周信であることに何ら疑いはないだろうと思う。

怖れは常に無知から始まり、怒りは常に過度な期待・勘違い・妄想の類から生まれます。

ちなみに鹿苑院の場所は、同志社大学本部のある場所です。

Local × Local = グローカリズム

DOMINGO忘年会も無事に終わり、土民国も2年目に突入。こども食堂の話でもちきりです。

私たちの親の世代は、海外と言えば”国際化”だったのですが、今はもはや海外も国内。どういうことかと言えば、日本のサブカルチャーが海外に移植され、そのカルチャーで育ってきた若い人たちは、もはや日本人と感覚が同じのため、外国人というカテゴリーすら感じない時代になっています。

文化的障壁と言えば、言語のみで、それ以外に私たちを遮るものはありません。文化が同じであれば言語が少々異なっても意思疎通は簡単です。古ヨーロッパの先住民族であるケルト人とは、同じ文化を保有する他民族多言語の一大文化圏に居住していた人たちのことを指します。

このケルト文化と日本文化はアニミズムという文化人類学的なカテゴリーにおいて近接したものを持っています。なので、ヨーロッパの人たちにとってケルト的アニミズムで目の色、肌の色、宗教意識が異なる人たちと同じ文化圏を形成することは全く初めての経験ではないのです。

現在、ストックホルムと高知でLocal×Local活動を展開していますが、これは決して国際交流と呼ばれるものを目指してはいません。最終的に文化統合・通貨統合を目指しています。つまり、文化水準や価値観が似ている国であれば、たとえ遠隔地であったとしても積極的に統合していくべきだと考えています。

独裁者が次々と生まれている現在の世界情勢の前提には、”移民問題”というisueがあります。その問題を解決することは途方もない努力が必要ですが、それとはまったく逆のベクトル。移民する前に、まず”仮想国”を作ってしまおうというのが土民国のベクトルです。

国家がまず存在して、移民を受け入れるか受け入れないかを議論するのではなく、こちらからまず国民をスカウトしに行って国家を作っていこうということです。何事もそうですが、待ち・受け身の状態になってしまうとロクなことが起こりません。自らが積極的に先手でうって出る。国土の狭い資源のない我が国の大戦略としては、まさにこれしか生き残っていく道はありません。

座して、ロシア・中国・米国のいけにえにならぬよう積極的に活動できる日本人を求む、です。ロシア革命を扇動した明石元二郎は10個師団or20万人に匹敵する仕事をひとりで完遂した日本人の中の日本人です。

ヒッタイトの共通言語は6言語です。北欧3か国と日本が結合しても4・5言語。遠くヒッタイトにすら及びません。ITというクラウドな環境・機器を持ちながら明石元二郎、ヒッタイトにすら及ばない現代のわたしたち。ミスターチルドレン

セントラルキッチン・レベレーション

高知は、市場の文化が他地域よりも濃く残り、大企業型のサプライチェーン・マネジメントを破壊できる唯一の地域である。

つまり、他地域では、強欲資本主義型のサプライチェーンに対抗する手段がない。もっと詳しく言えば、高知においては農家・農民ひとりひとりが、金で買収されることを嫌う傾向が強くあるということである。裏を返せば、ひとりよがりな変わり者が多いということである。これを土佐弁で”もがり”という。

この価値観がないと、強欲資本主義に対抗する理由がない。理由がなければ反対できない。これは真理である。

しかし、土佐には”もがり”×”ようだいこき”の層が一定層存在するので、強欲資本主義に対抗する理由がある。その層にウォーク・インするという意味で。

ここで言うセントラル・キッチンとは、日曜市をさらに発展させたものである。さらにその芽は出始めているが、ここではその思想に少し触れる。

土佐人が目指すセントラル・キッチンは日曜市とひろめ市場が融合し、さらに発展したものでもある。

高知県下から集まった食材と食文化がセントラル・キッチンで披露される。強欲資本主義でいうところの”セントラル・キッチン”とは、別の場所で調理したものを自分のところで出すという手法である。これは経済規模の拡大がその本質に横たわっている。

土佐人の地元食材原理主義は非常に強く、極度な中央集権構造を可能にしている。しかし、それは金のためにそれを目指す東京のような資本主義型でも、宗教意識のルーツ保持を宣言するバチカンのような宗教組織型でもなく、強烈な”食に対する執着”と”全体主義的平等主義”である。

これが穀物神話である日本神話と寸分違わぬ宗教意識であることに深く思い至れば、どこから日本神話が始まったかを理解するのはいかにも簡単なことであろうと思うのである。

土佐における穀物神話は今日も明日も続いていく。おきゃくの中で。。

何が言いたいかというと様々な地域で多くの流れが散発的に生まれているが、重要なことはその流れが資本主義型の”東京”を介さずにどこで中央集権化するか、である。そこには、思想と土壌が必要である。それは一朝一夕で熟成されるものでは、当然ない。

食べる食材は、すべて高知産で。野菜原理主義、ここに誕生。

商店街衰退stage4-リンパ節転移

商店街の地権者が、過去の栄光を引きずり”ここは〇〇だ!そんな価格では貸せない”という末期がんのステージ4リンパ節転移をしている場合はどのようにすれば良いだろうか?

一般的なアルゴリズムは、転移巣が切除可能かどうかで分岐選択をし、その後原発巣の切除が可能かどうか、そして原発巣による症状があるかないかで判断する。

つまり、戦後の商店街栄光をひきずり、それが転移を繰り返し、転移が権威化している場合は、その転移巣をまず切除しなければならない。その上で、原発巣も切除していく。

ただ、このパターンは様々である。

この場合における抗がん剤治療などの化学療法は

”申し訳ないけど時代も人の流れも変わったがよ”

である。

中心という概念は、”人の流れがそこに集まる”という前提がなければならない。

にも関わらず、人が集まっていない状態で”ここが中心だ”と叫ぶ。

現実を理解しえない妄想集団が商店街をシャッター化していく。

これは日本の様々な階層で散見できる現象である。

55年体制も中央集権国家像も既に終わっているにも関わらず

まだそこにしがみつく妄想族が大挙としてこの国には存在する。

stage5に達すれば国家消滅である。いい加減気づいたらどうなのか。

自分の常識から外れてしまうと宗教と決めつけてしまう人たちの不思議

日本人の一般的思考習慣に

自分が理解できないことを提示されると

”宗教であると認識すればいいんだ”

がある。

また、起こった事象に対して

”仕方がないから水に流そう”

がある。

この2つの思考習慣を分析するだけでも

日本人には元々、『 考える 』という文化自体がないことがわかる。

日本人にとって『 考える 』とは何か?

を考えた場合、共同体の同調圧力から疎外されずに

如何に自らを保身していくかに尽きる。

つまり、日本人にとっての『 考える 』は

脳を用いて社会の様々な事象を解決するという風にできておらず

社会そのものが害毒になっても、その中で自らがどの地位にいるのかのほうが

日本人脳にとっては関心が高いテーマとなる。

日本人の『 腸 』が外国人よりもお肉を消化できにくい腸になっているというのは、良く言われるが、『 脳 』についてももっと研究がなされるべきであると思う。

この問題を追及することは、第二次世界大戦の我が国の”失敗の本質”を知る上でも非常に重要であると思う。

船がどこに向かうのかを議論せずに、船内の給食当番の順序争いで一日中、議論している。このようなばかげた状態が現に国会で日夜、繰り広げられている。

『 真に考える 』というのはどういうことなのか?

私たちは、本当に考えなければならない。

グローバリズムへの挑戦

現在、土佐の産直市では新しい試みが始まっている。

本来、産直市は国の農業指針によってJAなどによって運営されるのが常である。

しかし、土佐の産直市では、生産者が直接、消費者にアピールできる市場になろうとしている。

これまで高知県では戦国時代より、日曜市をはじめとする街路市が他地域と同じように発展してきた。

戦国期の楽市・楽座は四国から始まったというのが通説らしいが、日曜市や木曜市・金曜市など現存する街路市の規模では高知県がナンバーワンだろう。

つまり高知県では、戦後の資本主義化を経るまでは、生産者と消費者が直接やりとりをしていたわけであり、戦後70年経済発展が遅れた故にその雰囲気が残されたのである。

戦後資本主義が東京一極集中の資本主義に集約され、そこからグローバル経済へと発展した。どこへ行っても同じ風景のファスト化である。それが良い・悪いかの論争は出尽くした感が強い。

われわれが今、どういう段階に差し掛かっていると言えば、グローバル資本主義から自分たちの地域を守るために連帯する価値観とは何か?ということである。

それがイスラムならISであり、日本人ならば何を持ち出すのか?という意味である。そもそもグローバル経済に疑問を持っていなければ話にならない。その初歩の部分は割愛させて頂く。

戦前においても日本人は、西洋人のグローバル植民地主義に対してグローカル植民地主義で対抗した。後藤新平による”生物学の原則に基づく植民地経営”はグローカルな思想に基づく。

それが今や、日本人自身が同じ民族の若者を搾取し、国土を生物学の原則に基づかない思想で破壊している。これはJAに限っても同じことである。生物学の原則に基づくというのは、国の指針に従わずに、ローカルな問題はローカルな手法で解決していくということである。

このような事情を理解せずに、”国の指針に従わないものは左翼だ”と言っているものたちは、戦前であれば逆の立場に陥ったことだろう。日本人として伝統的な日本人の考え方・思考方法を理解するというのはとても大事なことである。

近代戦争を通じて最終的に日本国が出した答えは”民族自決”である。つまりこれはローカリズムであり、どこか知らない場所で決めたルールを全世界に適用するなという意味である。

われわれがどうするかを共に語り、積極的に行動する。単にこれだけで良いのである。最も厄介なものは、自分ではない都市生活などに憧れ、自分の本分を忘れ、妄想することである。

土佐人が無駄な妄想をしないのは、土佐弁が現実主義的であるからである。グローバリズムを廃するローカリズムは土佐国からではなく土佐弁より出づる。

異常を異常と判断できない状態が異常 ~ 高知県の財政問題から ~

高知県の財政状況(平成28年度)[PDF:3MB]

高知県の財政は上記

依存財源が69.8%で自主財源がわずか30.2%(1387億円分)

これを異常な状態と見るかどうかは個人差があろうが

南海地震後は、この依存財源が0になる可能性もあるということを視野に入れておかなければならないことを前提に考えれば、明らかな”異常”な状態と判断できる。

全体の財政規模は4625億円である。その中で1189億円(25.7%)が人件費である。

つまり、南海地震後政府財源が破綻すれば、高知県は人件費のみしか払えない組織なのである。

http://ecodb.net/country/JP/imf_bca.html

経常収支の推移

http://blogos.com/article/121094/

貿易赤字拡大の構造(2015年まで)

http://www.asahi.com/articles/ASJ1Q7477J1QULFA045.html

貿易統計(2016年発表資料)

これらを総合して考えると、純輸出が減っているものの、現在はアベノミクスで”ものづくり”以外の分野で日本経済はなんとか回復基調に見せかけつつ推移している、というような状況である。

例えば、風説の流布的”規制緩和バズーカ”で株価を上昇させ、その含み益で福島周辺部の除染事業に金をごっそり回し、それがあたかも内需拡大しました、というようなデータどりを行うようなトリック。これがいわばリフレーションの本質である。

このトリックに賛同するかどうかは、どのような経済政策を支持するかによってそれぞれのスタンスは異なるだろうが、少なくとも私はリフレ派ではない。

このリフレは、東日本大震災の10数倍の経済的損失を与える3連動地震時に破綻し、日本経済はデフォルトに近い状態に陥る。既に本質的に破綻しているが、延命策を施しているに過ぎない。

従って、依存財源で70%近くを賄っている高知県の財政は、異常な状態と呼べる。

それは、国家財政が破綻すれば、共に破綻するという意味において。

もし仮に、高知県が独立するということになれば、まず財政が独立していなければならない。

物産公社も軌道に乗り始めてはいるが、もう少しの”革命さ”と”スピード”が必要である。

後藤象二郎のような人材がいなければ、この困難を乗り切るのは不可能である。

公務員にそのような人材が出てくるのは、構造的に不可能である。

異常を異常と認識し、正常な状態へと戻そうとする集団が必要である。

このような財政状態にありながら、まだ補助金を出す、補助金に頼るというような団体が後を絶たない。

少なくともそれらのNPOのような団体は、地震後すぐさま消滅せざるを得ない。

危機意識が足りないというか、自分の郷土の財政にあまりにも無頓着と言える。

補助金自体は否定しない。それが麻薬であると認識していないことこそが悪なのだ。

原発技術自体も悪ではない。

”自分たちが死ねば後は知ったことではない”と考える戦後資本主義者のメンタリティが悪なのである。

罰すべきは技術そのものではなく、運用者のメンタリティである。

耕作放棄地を全て再生し、市場に供給し、加工し、飲食産業の幅を拡充し、外国との直接コネクションを確立する。

今、問題になっているのは、農業従事者が新規就農予備軍に対して”農業は厳しいからお前が価値観を変えろ”という古いスタンスを持っている点である。

農業をあきらめた者ほど、農業に興味があるものに対してネガティブなことを言いがちである。

しかし、そのハードルを上げることに一体、何の意味があるのだろうか?

私たちがやらなければならないことは、新規就農のハードルを下げて、誰でもが簡単に兼業農家ができる体制を整えることである。それをサポートする人たちが、農業は厳しいから安易な気持ちでやるべきでない、ということは言ってはいけないだろうと思う。簡単にするためにどうすれば良いかを常に考え、実行すれば良いだけだ。残るのは1,2割と最初から想定していれば良いだけである。

異常を異常と判断できない状態がここにもある。

なぜ、日本人は農業すらも個人主義の対象と考えるようになったのか?

コミュニティ農業という考え方もある。

コミユニティが支持する農業(CSA)」は、日本に定着可能か?

日本の農業は、もともとコミュニティ農業のはずである。

ことごとく日本のメンタルは破壊され、農業すら核家族的に捉えられるようになった。

私たちが今、しなければならないのはレコンキスタである。

憲法改正や保守扇動は必要ない。地方からの静かなる失地回復

高知から史上最大のレッセフェール

地震規模はL2なのかL3なのか? ~ 50点という名の100点満点 ~

地震規模を示すL1、L2、L3についての参考資料は下記

本 文 – 国総研NILIM|国土交通省国土技術政策総合研究所

そして高知県の南海トラフ地震対策行動計画は下記

南海トラフ地震対策行動計画(第3期 平成28年度~平成30年度) 一式[PDF:61MB]

尾崎知事は口頭でも 『 L3への対策をすることには意味がない 』 と言っているように

巨大地震への備えは、そもそも論で想定してない、というよりは馬鹿らしいというスタンスである。

良く言えば、”行政判断としてL3への対応は税金を投入してはできない”というものである。

首長の行政判断としては適切だが、L3が起こった場合は

誰も責任を取る人間がいないというような状況に当然、なる。

この厳然たる事実に対して尾崎知事は前もってアナウンスをしておくべきである。

つまり、≪L3地震がやってきた時は、避難タワーも避難計画も全てが画餅になる≫と。

それを言わないで、いかにも地震対策をやってます、はいかがなものか?

そこで、われわれは独自にL3への対策を施している。

下記である。

①L3への事前対策は、高台避難・移転の1点のみである。

②高台避難・移転を行う主な機構は下記である。

  1. 住民
  2. あらゆる行政機関
  3. 病院・警察署・消防署などの緊急車両保持機関
  4. 民間の食糧ロジスティクス
  5. 都市計画

これは、【事前復興】と呼ばれるものの1種である。

しかし、現在の地方自治体がこのようなダイナミックな計画・移転を法律上できないため

この主体は自ずと民間主導となる。

すなわち、現在の日本国が今のままの行政機構であり続ければあり続けるほど

維新政府が生まれざるを得ない状況となっている。

実は、現在の法律では、民間が土地を買い占め、警察権のようなものを行使することは可能である。

明治時代に薩長藩閥政府は、神の土地であった多くの聖なる森を国有林化した。これは法律上、なんら妥当性がない。

それと同時に、京都から東京への皇居の移転にも妥当性がなく、一時的な移動が為されているだけに過ぎない。

L3の地震がやって来て、避難タワーが全て無駄であったと認識した時の住民の失望感はいかほどか?

現在の死者数は4万2千人と想定されているが、L3が来た場合は、10万人を超えるだろう。原子爆弾が投下された時と同じ規模の犠牲者数である。原子爆弾の慰霊祭は今でも行っているにも関わらず、日本人はなぜこれから来るだろうと完全に予測されている原子爆弾級の災害に対して、なぜこれほどまでに無頓着なのだろうか?

高知市の人口の約3分の1近くが浦戸湾に浮かぶのである。家族のうち誰かが犠牲となり、親を失った子供も多数、現れる。

そして、行政は『想定外でした。申し訳ございませんでした。』と謝罪を繰り返し

うちに復興予算をくれ、と予算分捕り合戦が始まる。

住民自治、事後復興は進まず、親を失った子供たちは

死体の山を見て、大人が何の解決策も持たないまま言い争いばかりするのを

毎日、見せられる。そのような凄惨な状況になった土地にいたくはないだろう。少なくとも、その災害に的確に準備し、一定程度の成果を上げた郷土なら、まだこの地に残ってそこを復興して行こうという気持ちも沸いてくるとは思うが。

浦戸湾を覆う堤防がすべて高潮用であり、津波に対してなんの抵抗力もない状態で海側の堤防のかさを少しあげるだけの工事に何の意味があるのか?≪腐ったパンの耳だけをすげかえ側面から写真を撮って、焼き立てパンです!≫と言っているようなもの。つまりは、都市計画の偽装、である。

浦戸湾は平均1.95mの地盤沈下をV字型に起こす。平均であるので、場所によっては4-5m、もちろん90cmの場所もある。想像すれば、人も建物も立っていられない状況というのは容易に想像がつく。しかも、その地盤沈下のリバウンドは、現段階で全く予測されていず、リバウンドが完全に終わるまで、地盤を平らにすることすらできない。その間の食料、避難先、工事、費用は、すべて人任せである。3連動地震が起きれば、大都市に食料や救援がまわり、高知のような小規模地域は後回しにされることは自明の理である。

尾崎知事は、このブレイクスルーとして米軍を頼りにしているが、そもそもそれは、根本に問題があるのではあるまいか。高台移転しさえすれば、すべてが解決されるにも関わらず、戦後資本主義を延命したいがために同盟国といえども他国の軍事力に頼るのはあまりにも狂っている。

変えなければいけないのは、『戦術』ではなく、『戦略』である。

もういいかげん、こんな国やめませんか?

普通に考えれば

L3対策をしておくことが一番、無難でしょう。

大人はいいんです。走れるし、泳ぐことができる。

でも、子供、年寄は何の解決策も持ちえません。

”雷は滅多に落ちないから雷対策はしません!”

と明言する行政をなぜ信用するのでしょうか?

あるいは

”明日の中間テストの英語の100点満点は私にとっては50点を採ることだ”と言って

『限りなく”私の”100点満点に近づけます!』 という目標のどこが完全なのか。

単なるレトリックに過ぎない。

『私の掲げるL2の目標に対して死者数を限りなく0に近づけます』

われわれに論理的思考が足りないだけ。あまりにも馬鹿げている。

50点という名の100点満点の思考回路は、日本のあちこちに落ちている。

私たちが、この思考パターンから脱する時、私たちは変わることができる。