レクサスとオリーブの知

あまり本を紹介するということはないのだが、シャンタル・ムフ氏の“左派ポピュリズムのために”という著作をお勧めしたい。

 

彼の書いていることは、かなりのことだと思う。民主主義の危機については、多くの人が認知していることであろうが、それをマルクス主義や社会主義の再生産、ましてや新宗教の新ドグマを展開しているわけでもない。さらに彼は、学術的に再定義、再構築を繰り返しているにも関わらず、学術的成果ではなく、真の民主主義へと私たちの社会が近づく為の行動と原理のベクトルを指し示している。

 

このコンテクストに対して、我々、在野の知的行動者は呼応せざるを得ない。何故ならば、我々はその為に知的再生産を繰り返しているわけであり、当然、自らの社会的地位の拡大や金銭的欲求、ましてや日本人的承認欲求のフル充電を目指しているわけでもない。新たなる思想的地平線から昇り来るこの光明によって我々の知性が共鳴することを目指しているのではなかったか。

 

資本主義的領域、あるいは物理的領域(単に海外旅行に手軽に行くことが出来る)のみによってグローバリズムが台頭してきたわけではあるまい。グローバリズムの真の光の側面が今、出て来たかもしれないことに期待したい。そしてその可能性の一片でもインスピレーションとして与えてくれたシャンタル・ムフ氏に最高の賛辞を送りたい。

 

おそらく、宗教と知性と音楽は同じ平面に存在している。ムフ氏の無音の文字にビートが宿り、大きなうねりを以って宗教意識化していく。勘違いがあると困るが、日本人的にムフ氏を信奉するという意味ではない。我々は、言語、宗教、国を超えて、同じコンテクストの中にあり、それを解決出来る手段は、既にドメスティックな繋がりだけによっては解決不可能であるという宗教意識である。

 

そう考えなければグローバリズムによって破壊された世界の根源的意味を肯定的に再構築することすら出来ない。我々は我々によって知性があると確信する環境を整える必要がある。

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