高知市出身の自分が高知県の中山間地域に移住することすら難しいのが“移住”
ただの田舎は、なぜあの人は自分を変えようとしないんだろう、ほんとに頑固。ここに来たんだからここのしきたりに従わなきゃだめよ。このような構造の思考パターンを持っている人達は高知にもたくさんいる。
一方で、やりたいことをやってみいや、と言って、好きなことをやらせてくれる高知の中山間地域もまたたくさんある。これが”ただものじゃはない田舎”。この”ただものじゃない田舎”が、≪移住者の尊厳を守る≫、ということを意識してやっているわけではない。
土佐人の代表的なメンタルの中に、進取の気質、くせのある人間を徹底的に排除出来ない気質、があるからだ、と言える。
この理由は、土佐が古代から県境が変わっていない唯一の地域ということを前提とし(同じメンタルを同じ地域である程度引き継いできたという意味において)、例えば、高知県土佐市の縄文中期居徳遺跡のように日本の東北と中国大陸沿岸部の文化を融合したように、全く異なる文化文明を受け入れる土壌が連綿と受け継がれていて、その上に京都から罪人とされる政治犯を島流しにされるという遠流の地という気風が醸成されていったのである。
すなわち、高知において”ただものじゃない中山間地域”というのは、縄文の客人(まれひと)信仰を継承した地域であるとも言える。まれひとに関しては、折口信夫を参照されたし。
これを考えると、地域活性化の成功とは、縄文時代にまで遡る壮大な実験ということも出来る。
我々は移住によって何を知ろうとしているのだろうか?
究極的には、ローマや唐が構築されていった帝国主義時代の≪支配、コントロール≫を前提とする帝国主義の流れを持つ田舎と、それらに影響を受けなかった≪縄文の自由≫を持った田舎を嗅ぎ分けるという段階にきていると言っていい。
つまり、移住の最も先駆的、あるいは前衛的な意味は、帝国主義のピリオドを認知するという深いところにある。従って、この日本の潮流に世界中の先駆的人間が関わってくる事は必然と言えるのである。
この最も前衛的な流れは高知で起こっている。『第二次世界大戦後における真の国際化』という意味において高知から世界へのコンタクトは始まったばかり(ゆずや土佐酒が欧州に輸出され始めたことをそのスタートラインとする)だが、世界からの深いレベルでのコンタクトがあちこちで同時多発的に始まっている。
であるから、私たちは、”ただの田舎”と”ただものじゃない田舎”を明確にソフトにジャッジし
”ただものじゃない高知”に軌道修正していかなければならない。
移住者の尊厳を守り、移住者の自由を守る田舎というのは、中々、難しい。何故ならば、そのメンタルは、ほぼフランス的価値と同義であるからである。それがともすれば、欧州の抱える移民の問題とも直結する。欧州は既に自らの精神的価値を十分に追求できる状態にはない。何故ならば、周知の通り、自由と尊厳の確保は、一定数以上の流入移住者がいた場合、不可能になる。フランスはテロの発生を抑制するために警察権を強化しなくてはならなくなっているし、アメリカはメキシコとの国境に壁を設けざるを得なくてはならなくなっている。
シルクロードの東のターミナルであった我が国は、過去にそれを体験し、その問題を乗り越えた【記憶】を有する唯一の現存する国である。(ここにおける【記憶】とは、大和の大同団結を先住民族と渡来民族との誓約と解釈し日本神話を読み解く)
単なる移住と単なる海外旅行は終わり、私たちは新たなる構築の世界へと投げ出されている。
AIが力を持てば持つほど、現代のような支配とコントロールの帝国主義の時代は終わらざるを得ない。何故ならば、世界が全体として最も力を持つ状態というのは、多様性が完璧に維持された状態であるからである。そこに帝国主義の入り込む余地はない。AIの力すら、その多様性の一部でしかない。AIが世界をコントロールするなどと考える人間は、帝国主義に洗脳された恐ろしく古いタイプの人間と言わざるを得ない。世界の構造の潮流は、圧倒的に分散化の方向に向かっている。
ダムを構築したとしても、そこに水が溜まらなければ、そのダムはなんの意味も為さない。それよりも水がどの方向に向かって流れるのかを分析するドローン技術のほうが重要なのは言うまでもない。水の流れを重機で変えるなどという行為がナンセンスだということも言わずもがな、である。
ただものじゃない田舎は、今日もまた新たな来訪者を持っている。
